緑区好きです 中村友美のホームページ

友美のブログ

2011-03-31

いよいよ

Category > 県議会

いよいよ始まります。

以前にも書きましたが、私は5歳のとき交通事故で父親を失いました。いわゆる、母子家庭の中で育ちました。

母からは「片親だからと後ろ指を指されるな」「しっかり、強い子になりなさい」と言われながら育ちました。

一生懸命働く母を見ながら「何故、女性と男性は賃金が違うのだろう」「片親は差別されるのか」そんな社会への疑問を胸に抱いていました。

 そして高校3年の「交通遺児育英会」のつどいに参加した際「あなた達が立ち上がらなければどうするんだ」の叱咤の言葉に衝撃を受けました。

交通遺児だったからこそ、母子家庭だったからそこ体験し理解できたものばかりが私の人生には一杯です。

私のキャッチフレーズ「緑区すきです」は地元で育った私の感謝の気持ちを表した言葉です。

感謝の気持ちは

私は生かされて生きる存在です

私が前に進むことができたとしたら

それは私を支えてくれた人がいたからです。

私が多くを獲得できたとしたら

それは私を助けてくれた人がいたからです。

私が自ら成長することができたとしたら

それは私を見守り導いてくれた存在があったからです。

その感謝の気持ちを持って

太陽のような あらゆる人々や命を照らして行きたい

寒い冬にとって、暖かい太陽の熱は生きる力。

暗い闇にとって、明るい太陽の光は希望にほかなりません。

私は一人ひとりが生きていく太陽の心の政策

犯罪被害者の方への支援・犯罪被害者条例の制定

周産期医療の充実・あいち小児センターへの産科設置

自殺対策、自立援助ホームの設置など

さらに議員活動の「見える化」

議会改革にも取り組んでいきます。

地震以来人々の心には新しい心が生まれてきていると思います。

人を思いやる心、いのちを大切にする心。協力し合う心。人間が本来持っている心発揮できる社会を、優しい人の心で育てていただいた私だからこそできる県政を作りたい

2011-03-21

彼岸

Category > その他

 活動の合間をみて、父のお墓参りに行ってきました。

母を誘おうかと思いましたが時間の関係もあり一人で八事まで車を走らせました。

父は私が5歳の時交通事故で亡くなりました。

いろいろとやりたいことがあったと聞いています。

先祖供養とは何か「祈りのみち」には、

 親しかった魂の供養も先祖供養も、その要は、自ら自身が自らの生命を真実生きていくことにあります。自らが人生をひたむきにあゆんでいゆくことにあります。

先たつ魂、神仏との「信と応え」に心を尽くすことにあります。自らの魂の修行に精進することが何よりの供養になるのです。

とあります。自らの魂の修行が供養になる。という言葉に涙が出ます。

今の厳しい現実も魂の修行と思って元気に「挑戦」していきます。

2011-03-20

環2開通

Category > 緑区

念願でした名古屋第二環状自動車道(名古屋南JCTから高針JCT・国道302号)が本日開通しました。

本当ならば午前10時から開通記念式典と鍬入式・パレードが予定されていましたが、地震の関係で式典等は中止となりそのままの開通となりました。

開通早々相談が2件ありました。

1件は東西の信号の長さ、メインが302号になるため東西の信号の通過の時間帯が短くなったようで大渋滞するということ。

2件目は側道整備のついて。

開通と同時に東西の渋滞はすさまじかったです。私も通常なら10分のところが倍の20分かかりました。

もう少し様子を見ようと思います。

2011-03-01

新事務所開設にあたって

Category > その他

 2月27日(日)新事務所を   に開設しました。

心配されていたお天気もよく大勢の方のご参加をいただきました。

今回の4月に迎える統一選は①名古屋市会議員選挙と別々の日となること②民主党政権与党でありながら党へのすさまじい嵐のような厳しい中での戦いであること③地域政党の勢いが増す中での戦いとこれまで経験したことがないはじめての状況です。

2月6日のトリプル選挙の結果を振り返ってみますとこわごわ選挙をしていたような気がします。民主党の批判について言われるたびに心が縮まっていきまいた。結果は厳しいものがありました。しかし、縮まって押しつぶされるわけにはいきません。

しっかり心を立て直しこの状況を私の「条件」として引き受けがんまります。

私はもう一度自分の議員という仕事についての心構えの点検をしてみました。

私は4歳のとき父親を交通事故で亡くしました。厳しい母子家庭の生活の中で世の中を見てまいりました。

高校3年生の「交通遺児のつどい」のとき大学生のリーダーから「あなたたちが立ちあがらなければならない。あなたたちが社会を代えなければならない」と強く励まされ、私はびっくりし、心から熱いものを感じたものがありました。

 父親がなくなり母子家庭となったのは「運命だったから仕方がない」と思いあきらめていた気持ちに、大学生のリーダーからの言葉は「あきらめず、あなただからこそ出来ることがある。やらなければならないことがある」と感動しました。

その後議員になっもこの気持ちは変わっていません。

人が、何かにつまづき、あきらめていると「あきらめないで、私が力にならせていただきたい」と行政への働きかけ、あるいは仕組みの変更など私が高校生の時、大学生のリーダーの励ましであきらめなかったように「あきらめないで、一緒にがんばりましょう」とさまざまな取り組みをしてまいりまりました。

それが、DVの対策であり、児童虐待の問題であり多重債務者問題への解決へとつながっていきました。

これからも教育問題、環境問題、経済の発展はもちろんの事ですが、特に私はこれからは「犯罪被害者救済」「高齢出産増加の中で周産期医療の充実」「自殺者対策」など決して派手な政策ではありませんが私は取り組みたい。「あきらめないで」といい続けて、幸せになっていただきたい。

わたしの気持ちはそこにあります。

中村友美の『県議会レポート』

名古屋市緑区『地域情報』

2011年3月
« 2月   4月 »
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  
ページのトップへ