緑区好きです 中村友美のホームページ

友美のブログ

2010-03-25

2月議会閉会

Category > 県議会

face10-6_97

本日長かった2月定例県議会が閉会をしました。

私は民主党愛知県議員団を代表し平成22年度一般会計予算に賛成の立場で、討論に立ちました。

討論内容はこちらへ

 

また、支援者の方が議会傍聴にも来てくださいました。

 

いただいた感想をのせます。

 

・県議会の見学は初めてではございますが、最終のこともありチョット理解しにくいこともありました。中村先生のお声もよくとおり、流石6期の貫禄と察しました。これからの人生の勉強となりました。又の期に参加したいです。

 

・中村友美先生は年齢より若いですね。頑張ってください。

 

・皆さん、お疲れのようで目を閉じていた方が多かったですね。県民の為になるようなことを行っていただきたいです。一人ひとり自覚と責任を持っていただければと思います。頑張ってください。

 

・議員の直接の声が聞けてよかった。県民の声を聞いてくれる場がないのが残念です。県会議員の声ー県民の声でない部分もあるのではないでしょうか?

 

・聞くよりしゃべらないと退屈、じっと我慢大変です議員は、雑談している人多かった。閉会式はびっくりした。

 

・中村議員の発言は良かった。でも議員の中によく眠っている人が目立っていた。

 

・初めての傍聴で建物が広く、議会では多人数が進行して議事が成立する。テレビで見ていますがブラウン管と現実の議会を拝見して議員の元気な大きな声で遠くで傍聴しても聞こえました。

 

・県議会お誘い有難う。演説内容も国政と県政のつながり理論的にのべられ良かったと思います。自民と民主もっと接近していると思ったら、開きが大きいと思ったよ。女性議員があまりにも少ない。それだけに友美先生は貴重である、健闘を祈る

 

・各党の経過報告、要領よく好感でした。

 

・いすが狭くチョット眠くなりました。

 

・愛知県議会の』最終日に傍聴できたことは大変有意義でした。愛知県議会の22年度の予算関係の更に身近になった。今後大いに愛知県行事に係わればと願う。

 

・初めての議会見学でした。本日はこのような雰囲気の中で、執り行われているのかとても勉強になりました。特に中村先生のお行儀のよさは花丸。中村先生の勇姿を拝見できとてもうれしく存じました。

 

2010-03-24

祈り

Category > その他

hana1-06_96

 

一回生起の人生だから

思った通り生きればいい。

 

夢でも

願望でも

あれもこれもあきらめず

とにかく懸命に

求めてみればいい。

 

たとえそれで

つまずいても

跳ね返されても

きっと世界は

受け止めてくれるだろう。

 

失敗が並び

挫折が続いても

それでも世界は美しい。

だからもう一度

そこから始めてみればいい。

2010-03-23

教育・人づくり研究会

Category > 民主党

 

 face6-1_96

教育・人づくり研究会は今日「愛知県私立保育連盟」と意見交換会を開きました。

保育を取り巻く状況は年々厳しいものがあり、今回の意見交換会でも国的確な情報が流れてこないという要望をいただきました。

愛知県も今年度から県の補助金をなくし市町村へ保育運営を移管しました。

そのため地域間格差も出始め、きびいしい保育園は常勤保育士から非常勤保育士に変わるところも出てきているようです。

さらに最近は男性保育士も多く保育園で勤務されていますが、給料が安く、家族を養うことができず辞めていく男性保育士が多いという報告は胸が痛みました。

県の単独補助の底上げも要望されました。私たちも今日はじめて会合を持たせていただきました。今後は、さらに意見交換を深め対応を図ることを確認しました。

2010-03-22

卒業おめでとう

Category > 行事

img_14841

 

 

 

 「第39回中学生を卒業する交通遺児を励ます集い」がメルパルクで開催されました。

東海三県下約43名の卒業生とその保護者の方々が参加してくださっていました。

私も交通遺児でした、毎年必ず出席させていただいています。

励ましのご挨拶をさせていただくのですが、最近は皆さんに励まされている感がしています。卒業あたって、中学生の皆さんの作文の発表がありましたが、お父さんと同じ教師になる。優しく、強かった父のように頑張る。常に必ず父への思いが届くはず。

支えあうことを知った。家族から多くを学んだ、新しい1歩を踏み出したい。そんな思いを持つ遺児卒業生、頑張って生き抜きましょう。

 

その後 講和 「苦難は希望を生み出す」 内河 恵一 弁護士からありました。  

 

 

 中学時代、そろばんが得意で高校を希望したが、経済的な理由で断念した。でも「大学に行きたい」と自ら勉強する。 だが、母親の病気で勉強を断念。高校に校務員として就職した。働きながら猛勉強し、中央大法学部に合格した。いろいろな人のお世話で大学に行けた。 大学時代は、アメリカ人の事務所に勤務。そろばんの腕を生かしながら、上司やその家族から英語を学んだ。

 二十六歳の時、「多くの人に助けられてきた。この恩をどこかで返したい」と考え、金もない。学歴もない。コネがない。その条件で目指せるのは弁護士。お金が要らない、試験量1000円と思い、弁護士を志した。働きながら独学で勉強し、二十八歳で司法試験に合格。

現在内河さんは72歳。恩返しをしようというのは、私の強い発想。それは私が人の恩をたくさん受けたから。人前で生きていくことはいろいろなことがある。心でいいこと思えばいいことが必ず来る。あせらずに。

つらい経験をしたからこそ、困った人の想像ができる。大きなかかわりの中で、新しい希望を生み出していかなければならない。人生に生かしてください。

 

 

img_148611

その後、ジョイフルダンス「春の祭典」へご挨拶に行きました。

2010-03-15

地球温暖化対策基本法

Category > 県議会

 

img_14301

 

 

 民主党県議団環境研究会で、今国会への民主党提案の環境関連法案についての勉強会を行いました。

講師は民主党参議院議員 環境委員会メンバーの轟木利治さん。

2010-03-14

フロアバレー

Category > その他

 愛知県体育館で 第16回 全日本選抜フロアーバレーボール愛知大会が行われました。

その開会式に私は参加しました。

 img_14281

フロアバレー(正式にはフロアバレーボール)は、元々はバレーボールのルールを視覚障害者向けにアレンジして作られました。その後、バリアフリー等に対する人々の意識が高まるにつれて、晴眼者のフロアバレー愛好者も男女ともに増えてきました。
現在では、視覚障害者のみの大会と晴眼者も参加できる大会、合わせて年4回ほど全国大会が開かれています。

 

 

バレーボールと同様に、両チームの選手がネット越しにボールを打ち合いますが、ボールはネットの上ではなく下を通します(そのためにネットは床から若干離れています)。ほとんどの視覚障害者にとって浮いたボールを打つのが難しいからなのですが、転がったボールの方が扱いやすいのは晴眼者にとっても同じで、そのため初めての人でもすぐにゲームに参加できます。この易しさがフロアバレーの特徴の一つです。

選手のポジションには前衛(主に全盲の人)と後衛(主に弱視者や晴眼者)があります。 前衛は全員アイマスクを着けて(視覚障害の程度による差をなくすため)、ボールの音や周りの声などを頼りにプレイします。後衛はアイマスクを着けません。
もちろん晴眼者が前衛になることもできます。「目を閉じてのスポーツ」なんて他ではまずしませんから、貴重な体験になること間違いなしです。

元々が視覚障害者スポーツですから、前衛はボールを床に押さえてから打ってよいなど、視覚障害者に配慮したルールも多少はあります。しかし、実際のプレイにおいては両者は対等で、そこには互いに何の手加減も見られません。また、全盲や弱視の選手がエースのチームと、晴眼者の選手がエースのチームの割合も現在ほぼ半々といったところです。

 
障害者スポーツにありがちな「健常者が障害者のサポートに徹する」状況ではなく、視覚障害者も晴眼者も本当の意味で一緒にプレイを楽しみ、活躍することができるのです。そこにフロアバレーの大きな魅力があります。

2010-03-13

絞り開祖並びに物故者慰霊祭

Category > 緑区

img_14261

 

有松絞商工協同組合主催の絞開祖並びに物故者慰霊祭が、今年も有松・絞り会館で行われました。

関係者50人ほど集まり、開祖への感謝と慰霊を皆さんとさせていただきました。

 

有松しぼりについて

img_14271名古屋市緑区、旧 有松絞り約400年の歴史のはじめは、尾張藩が有松絞りを県の特産品として保護し、竹田庄九郎を御用商人に取立てたことからでした。
 それからは、たくさんの旅人が郷里への土産にと、絞りのゆかた、手ぬぐいなどを買い求め、東海道一の名産品となったのです。

 その繁盛ぶりは、北斎や広重の浮世絵に画かれ、東海道を画いた広重の鳴海の宿は、画中の文字に 「名産・有松絞り」と記してあります。
 昔の繁栄と、日本建築の美しさを今に伝える、家並みは、200年を経過した貴重な文化財と なっています。
 東海道に位置する絞りの町「有松」は、江戸時代のはじめ、慶長13年(1608年)に、絞り開祖 竹田庄九郎らによって、誕生しました。
 その景観は、名古屋市の町並み保存指定第1号として、また全国町並み保存連盟の発祥地としても知られています。
 

 伝統の絞り技法は、100種にもおよび、そして、有松・鳴海絞りは日本の絞り生産量のうち、約90%以上をも占めています。
 それは、400年と工夫と創意が、国内はもとより世界でも最高の技術を現代まで受け継がれたからです。

2010-03-12

障害のある人もない人も共に暮らす愛知県条例策定検討会

Category > 県議会

 

 

 障害者のある人もない人も共に暮らす愛知県条例策定検討会、第2回目が開催されました。

第1回目は2月15日に開かれ①この条例を検討する運営要綱の確認②今後の運営が確認されました。

 

 

今回は、要綱案に基づき、                            

を協議しました。

 

そして、 この条例案の提案者であります、私たち民主党会派から、差別事例と国における障害者制度の検討状況を示しました。

 自民党会派、公明党会派からは、障害の定義のさらなる明確化、慎重に規定する必要性などと、発言がありました。

 条例制度は急ぐ必要がないというのが自公の統一した見解であります。しかし、私どもは1つ1つ丁寧に答えしっかり対応し策定に努力していきます。

 

 

 

今日は名古屋市交通労組の支部大会にも出かけてきました

 

img_14172

 

img_14182

2010-03-07

民主党愛知県連大会

Category > 未分類

img_14071

 

 

民主党愛知県連第11回名古屋クレストンホテルで開催されました。

 

2010年の運動方針

2010-03-05

野並早朝行動

Category > 未分類

img_13781

中村友美の『県議会レポート』

名古屋市緑区『地域情報』

2010年3月
« 2月   4月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  
ページのトップへ